小説  バレンタイン・ファンタジー 第一話

 

小説 

バレンタイン・ファンタジー

第一話

 

初めて彼を見たとき、吸い込まれるような、懐かしいような切ないような…….

ずっと昔から心の奥に隠していた、誰にも見せない私の情熱がズキンって動いた気がしたの。

「初めまして。倉本と申します。3年間、福岡営業所におりまして。

このたび、本社の経理部の課長として戻ってまいりました。

 

3年ぶりの本社、舞い上がってるというか、張り切ってるというか……...

福岡から出てきたばかりで、わからないことが多いので宜しくお願いします」

部署内全体にて、新しく就任した課長の挨拶が終わると、部長が私を手招きするの。

「今日から経理部の課長になった、倉本 シンゴ君だ。

まだまだ慣れないことがあると思うんだよね。

だから藤木さん、しばらく彼のサポート役を頼んだよ」

上司のサポート役なんて荷が重いな…….

そんな気持ちを抱えつつも、気になる彼と一緒に仕事ができることが嬉しいの。

「かしこまりました。

倉本課長のサポート役、精一杯つとめさせていただきます」

そう言って、部長に深々と頭を下げたの。

次に、赴任したばかりの彼を見つめながら、笑顔いっぱいで話しかけるの。

「はじめまして藤木 さきこと申します。私は2年前に転職してから本社勤めです。

倉本さんと、行き違いでしたね。宜しくお願いします。

経理部のことは何でも聞いてくださいね」

「藤木さん、助かります。3年ぶりなのでホント本社のこと、何もわからないもので。

仕事のこと、早く覚えたいんです。あとさ、せっかくだから久々の東京を楽しみたいんだ。

東京案内もお願いしちゃってもいいかな?」

彼の少年のような笑顔にクラっときてしまうな。

でもね、仕事に集中しないと……そんな風に自分に言い聞かせるの。

「そうですか。では、お仕事落ち着いたら、東京案内もお引き受けしますね」

そう言いながら、精一杯、彼に向けて笑顔を見せたの。

「いやー嬉しいな。こんな素敵な笑顔の女性と

一緒に仕事ができるなんて。よし、張り切って仕事するぞ」

彼は嬉しそうに言いながら、髪の毛をかき上げたの。

その瞬間、左の薬指にキラッと光る指輪を見てしまったの。

 

その瞬間、すごくがっかりしてしまったの。

でもね、がっかりしちゃう気持ちを仕事に集中することで立て直したの。

次の日から、彼に部署全体のことや仕事のことを教える日々が始まったの。

彼は、頭の回転がとても早く、集中力があって、質問が的確なの。

目つきは真剣そのもの。1日でも、1時間でも早く仕事を覚えたいという意欲が伝わるの。

彼に仕事を教える日々を3週間ほど続けたある日、

彼、私の目をしっかりと見つめながら、こんな風に話すの。

「仕事の流れ、わかったよ。ありがとう。

今日からは、僕のやり方で進めていくから。ヨロシクね」

自信満々に微笑む彼に、

ドキドキしながらもその瞳に吸い込まれていくの。

「僕のやり方って…….」
「まあ、見ててよ」

彼はそう言って、私の肩をポンって叩くの。

その5分後、彼から経理課全体に向けたメールが届いたの。

「急遽ですが、今から1時間後にミーティングをします。

今まで、藤木さんに仕事を教えてもらい、全体像が見えました。

古い慣習で無駄なことが多いように感じましたので、

無駄を省いたフローをミーティングで説明します」

彼からのメールが届いた1時間後、経理課一同を集めたミーティングが始まったの。

彼の準備した資料は見やすく、ミーティングの流れは分かりやすくて完璧。

 

誰一人、彼の改善案に反対する人はいない。

多分、誰もが、改善案の素晴らしさを

すぐに理解できた様子が伝わるの。

だけどね、私は悲しい気持ちになってしまった。

一生懸命に教えてきたことを全て否定されてしまった気分。

ミーティングが終わって、席に戻ろうとする彼に話しかけるの。

「倉本課長、ミーティングお疲れ様です。

改善案、素晴らしいと思いますが、私が教えてきたこと……

無駄って思われてたんですか?」


「いや、そんなことは…….」

彼は優しい眼差しで慰めようとしてくれたけれど、

私、彼との会話をさえぎるようにさっさと自分の席に着いてしまったの

その日からは、彼を無視しながら仕事をすることにしたの。

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